Brightkite から始まったフレンドの思い出をWebに公開しています http://love.maetel.info/bkarchiv/isssa/
オフィシャルブログは、クラシック音楽を楽しむアマデウスレコードです。 「組曲第4番」はブログランキングに参加しています。
amadeusrecord presents http://jm.amadeusrecord.com/
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はiPhotoがアップデートして、iPhoto 9.1.1 になりました。0.0.1 とはいえ先を見据えた調整のようですね。本当に iOS にiMacもなるのでしょうか?MacOSXのネクストステージはMacOSX 11 なのかなと思いきや、新しいOS統合はあり得るかも知れませんね。先ほどNHKのニュースで「スマートフォン」を説明するのに「携帯電話と何処が違うの?」と問われるのの返答のように「パソコン並みの機能を備えた携帯端末(電話)」というような表現がされていました。
今後ネット上のストレージサービスはぐんぐんと進むと思います。今年も後半になってたくさんのストレージサービスが登場していて、わたしなど何処に定めるのか戸惑わされています。そしてふと、MobileMeを充分に活用できていないことに思い当たるわけですけれども…これから少なくともApple純正のアプリケーションはMobileMeとの親密度が安定していくことでしょう。
iPhotoのアップデート。イヴェントタイトルを写真ビューで編集できるようになったことは嬉しい。タイトル編集が上手くいかないので諦めて名前はつけないでこれまで写真を登録していました。早速、アップデートしました。
iPhoto は Macintosh には標準インストールされている iLife に含まれている写真管理ソフトウェアです。
本当にありがとうございます。と、Brightkiteのスタッフにキスを贈りたい。短いような、長いような、23ヶ月も続けていたのにともかく驚きました。放置しているサービスもあるのに、フレンドがTwitterのフォロワーとは異なるようになってからポストが加速しているようです。全部で4,070ほどのポストを実際はしているようですけれども初ポストから一週間ほどして写真を投稿。投書のコメント関係はTwitterから仲の良いメンバーを引き抜いた感じでした。中にはBrightkiteで出来たフレンドも居ましたけれども、そのユーザーも今ではTwitterの方が居心地良いようです。
Twitterは日本全体という感じで、ブログにコメントくれていたnecoさんに教わったので東京近辺のユーザーが多かった。Brightkiteは位置情報を売りにしていただけに、フレンドの住んでいるところをとても意識させてくれました。しかし、わたしがBrightkiteを始めた頃は熊本はわたしだけで旅行か何かで訪れた人のあしあとが残っているぐらいでした。多くが福岡在住で、その中で交友をしていて次第にTwitterとは別のグループが出来上がっていました。BrightkiteのフレンドをTwitterでもフォローしたのはBrightkiteが機能削減すると発表してからのことです。
昨日はBrightkiteのアーカイヴのCSSをアレンジしていました。タイトルの書体を替えて、フリッカーにアップした写真で良く見られている写真をその上に自己紹介替わりに表示するようにしました。
良く見て貰っている写真はなかなか並びが変わらないのですが、ナウ・アンド・ゼンといった感じです。 http://love.maetel.info/bkarchiv/jenniefer/
夜中の3時、4時の突然捜し物を初めて、寝室から脱衣場、着替えが老いてあるところ、そしてもちろんパソコン周りと、すぐ近くからおばけが手を伸ばしたり顔をのぞき込もうとしていても気がつかない勢いで…USBレコーダーを探し回っていました。
結果を言えば、無事に出てきました。出発地点の寝室のおふとんの脇、外したイヤホンの近くでわたしに見つかるのを心待ちに待っていました。
先月末に購入したPCMレコーダーの上の白いバイブ…じゃない、USBレコーダーは長いこと毎月のレコードコンサートの記録に頑張ってくれました。FM放送のエアチャックには申し分ないのですが、ライヴの環境では振動か録音レベルの関係か途切れ途切れになるのであくまでも状況の記録に過ぎませんでした。USBレコーダーを使う前にはデジタルカメラの録音機能を使っていたのですけれども、こちらの方が音質はチープでも音が飛ぶこともなかったので両方を録音機に使っていました。でも、これでは咄嗟に写真で残しておきたいことを諦めなければいけない。それでPCMレコーダーを導入しました。
届いてから自宅周辺でテスト録りをしてたりしたのですけれども、録音レベルをゼロのまま上げるのを忘れていて最初の録音は無音のまま。2度目は風の音と向かいの小学校の合唱の練習の様子を撮ることが出来たものの試し聴きして満足してしまって、内蔵スピーカーをOnにしたままで違うものを録音。これだとオーバーダビングになってしまうようです。風の音と子どもたちの良い感じの音が録れたのに残念です。
その後これといったテストもしないままにぶっつけ本番。幸いにもレコードコンサートの準備中のあいだに1枚レコードをかけて録音レベルを定めることが出来ました。心配した録音可能な時間も、電池も実質2時間半のレコードコンサートには充分でした。SDカードに録音できる時間は3時間半、電池も同じくらいは持続できそうです。途中で交換も出来るように予備は持って行っていましたけれども交換はしないで押し通せました。デジタルカメラには動画も撮影できますから、これからは良いペアになって活躍して貰います。
さて、そのようなわけでUSBレコーダーは前線を退き…では無く、能力以上の要求をされることなくFMのエアチェック専用に専念してもらうこととなりました。PCMレコーダーでしっかりとることも出来ますけれども、録音レベルを気にしないで録音できる手軽さは助かります。
そのUSBメモリーで月曜日の朝に、気ままにクラシックを録音した後イヤホンを取り外して寝室に老いていたのを忘れての大捜索。お恥ずかしい、そばでつきっきりで眺めている人がいたら滑稽だったでしょうね。ふとiMacのUSBハブを観たらスペースが空いてる。放送の跡に布団脇に片付けたのは憶えている。洗濯物に紛れたか、洗濯機の脇にでも落っこちていないか、それとも台所かとさがしてしばし熟考。出発地点に立ち戻ってみようと寝室に戻ったらイヤホンを置いてあった場所から一段下の文庫本の上に置いてありました。白いメモリーなので目につくようにと本の上に置いたのに気がつかなかった。間違って踏まなかったのが幸いでした。これからはイヤホンとつないでおきますね。バイブとコードはやはりしっかり結びついていないと困ります。
熊本の今朝は、雨が降るような曇り空です。雪が降ってもおかしくないようなお天気にも思えます。昨日は終日じんじんと頭痛。昼前に寝て、夕方までそのままじっとしていたけれどもじんじんは変わらないまま、身体がだるいわけでもないので起きて夕ご飯など作っていました。眠くもないのに寝ていられないですね。
熊本、2010年12月21日、火曜日の天気は「雨のち曇り、最低気温10℃、最高気温18℃」の予報です。
閲覧をWebではいつものように出来ませんが、iPhoneなどからのアプリではまだ利用できる状態のようです。これもいつまで可能が保証の範囲ではないですね。あまりにも Brightkite からの突然はアナウンスでした。年内いっぱいはデータは取得できる状態にあるようなので現在バックアップ中です。しかしこのバックアップは投稿の中に文字化けがあるとエラーで止まってしまいます。そうした問題箇所からこの夏のポストはどうしても残しておきたかった。
Brightkite への投稿日時は、2010年6月5日、18時05分。Brightkite側のデータでは "Saturday, June 05, 2010 09:05:03Z" の更新日時になっていました。「熊本は夏日です。まだまだ下着だけと言うことはないけど、下は一枚です。 http://ff.im/lvBck 」と言うものですが、メールで投稿したので文字化けを起こしてしまっています。
延命処置で、12月17日で Group Text だけになるために写真の投稿、位置情報の取得サービスを終了すると発表してあった Brightkite が1日だけおまけでポストできました。が、とうとう今朝(日本時間:2010年12月18日、土曜日)午前6時で終わりました。
ぎりぎりお別れのポストが無事投稿されたのを確認できた途端にWebからのコメント投稿、自分が投稿していたページの閲覧が出来なくなりました。新規の投稿やコメントなどの更新は出来ないけどページは閲覧できると思っていたので軽いショックです。現在わたしのページだったアドレスにはダイジェストの投稿が表示されているだけです。Brightkiteを登録したのが、2009年1月19日でしたから1日延長されたことで、23ヶ月ちょうどという結果になりました。
最後にきちんと感謝のポストが出来たことは良いメモリアルとなりました。背中向きの写真も作業予定だったのですが、先に更新して良かった。わたしとしては踏ん切りの良い幕引きが出来ました。Brightkite ありがとうございます。
急にパッと陽射しが差し込んできています。時々に、気まぐれの気持ちのように。
昨日の雨は上がっている熊本ですが、しばらくは崩れることはないだろうという感じです。
急にパッと陽射しが差し込んできて、晴れた。と、表に出てみました。
雲の切れ間から太陽がみんなの顔が観たい、顔が観たいと一生懸命に光を届けてくれているようです。
どうせ曇り空だから、寒いからいやだって・・・1日1度、太陽さんに挨拶しませんか?
第1話「輝け!ウルトラ五兄弟」 (12月12日放送)
監督:筧正典・満田かずほ、特殊技術:佐川和夫地球侵略を狙う異次元人ヤプールが、コンビナートに超獣ベロクロンを送り出した。
ベロクロンの攻撃により街は破壊され、北斗星司と南夕子は命を落としてしまう。
だが、そのとき、ウルトラの奇跡が起きる!
英国出身のロックバンド、ザ・ビートルズを率いていたジョン・レノンが凶弾に倒れ、病院に運ばれましたが死亡しました。40歳でした。ザ・ビートルズはイエスタデイなど、数々のヒット曲を持ち・・・・といった感じだったと思いますが、12月8日にラジオ出演を終えて帰宅するところをまちぶせされる形でジョン・レノンが亡くなったのは夜のこと。熊本でテレビを観ていたわたしは、テロップに死亡の速報がながれたのを見て身体の奥からどう表現したらいいのか分からないものと脂汗のような、魂の一部が抜け出てしまうんじゃないかといった感情に包まれたのでした。
咄嗟にこれは大変なことだ、とラジオの午後3時のNHKニュースで詳しく確認したのでした。といっても通り一遍ではありましたが2時に観ていたテレビ番組は憶えていませんけれども、一番早いニュースがNHKでしたから急いでスタンバイ、まさかNHKでトップニュースで伝えられるとは思いませんでした。その後は大騒ぎすることなく、まんじりともしない時間を送りました。良く聴いている好きなミュージシャンの死ということ以上に、銃で撃たれたという描写がとてもショックでした。室内のあかりも点けないまま、夕方に母が帰ってきてようやく腰を上げることが出来ました。その日は音楽を聴くことも出来ずにそのままジョン・レノンは封印してしまいました。ちょうど「ダブル・ファンタジー」が新譜として届いたばかりでしたが、シングル曲以外はその時には聴いていません。当然「ミルク・アンド・ハニー」をきちんと聴くのは随分後になりました。
12月8日のお誕生日を、わたしからも祝福いたします。Brightkiteのフレンド、twitterのフォローも下さいましてありがとうございます。RT @takateru: 今日は、 @yoneyama さんのお誕生日です。ハッピーバースデーGB
(^ ^) - from Brightkite
12月8日のお誕生日を、わたしからも祝福いたします。Brightkiteのフレンド、twitterのフォローも下さいましてありがとうございます。RT @takateru: 今日は、 @yoneyama さんのお誕生日です。ハッピーバースデーGB
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ナナハン・ライダーという漫画があった。しっかりと記憶はしていないけれども主人公の恋人にわたしを投影していた頃があります。今でも生まれ育った家のそばのバイク屋さんは賑わっているようです。
京都・大覚寺、大沢池の紅葉ライトアップ。
朝のNHK総合の「あさイチ」では、クイズに参加すると番組の最後で壁紙プレゼントのパスワードを知ることが出来ます。お昼前に寝て、起きたのが午後3時半。すっかりとクイズに参加したことを忘れてしまうほど、すっきりとした目覚めでした。
午前0時でプレゼントは終了してしまうので、先ほどふと思い出して事なきを得ました。良かった、良かった。
諸君、脱帽したまえ天才が現れた!・・・ショパンを以て、シューマンに言わしめた称賛の言葉です。このシューマンの一文でポーランドから大都会ウィーン、音楽の都パリに出てきたばかりの青年ショパンは華々しく紹介されました。シューマンは続けます。「ショパンは大編成のオーケストラを率いてはいないが、居並ぶ楽器を駆使し、あるときはベートーヴェンのような豪胆さを、そしてシューベルトのような優しさを、またフィールドのような曲想をも聴かせ、そこにポーランドという独特の国民性を加え、それによって、そのコンチェルトは独自性をとりわけ強くしている」と。ショパンの「ピアノ協奏曲」のオーケストラが演奏する音楽は、ベートーヴェンがピアノ協奏曲に求めたシンフォニックなハーモニーからすれば聴き応えとしては物足りないかも知れません。確かに演奏をしている楽団員も、同じ音を伸ばすばかりで練習も面白みがないだろうし目立った活躍も出来ないので気合いが入らないかも知れません。でも、ピアノ独奏者の音楽が立派な主役であるならば共演者としての喜びは素敵な想い出になる事でしょう。
シューマンのこの有名な”諸君、脱帽したまえ、天才だ!”と表現した論説が発表されたのが「一般音楽新聞」(allgemeine musikalische Zeitung)の1831年12月7日号でした。
濡れたTシャツを着た女性のアルバムデザインが印象的で、「ワイルド・イン・ザ・ストリーツ(Slippery When Wet)」のカバーデザインが差し替えられていたことは気がつきませんでした。曲目を確認しないならば間違っているでしょう。「夜明けのランナウェイ」から元気がよくてポップ、そしてメロディアスでシングル曲は殆ど逃さずに聴いているのがボン・ジョヴィ。
今年一年間のクラシック音楽界を締めくくるのにふさわしい演奏会が、2010年12月4日土曜日、午後6時からNHK-FMで中継放送されます。4年に一度開催される国際ショパンコンクールで、女性演奏家が45年ぶりの優勝を飾りました。その1985年生まれのロシア出身のユリアンナ・アヴディエヴァ( Yulianna Avdeeva )さんが、ショパンコンクールで聴かせてくれてたショパンのピアノ協奏曲第1番を、NHK交響楽団の定期演奏会で魅せてくれます。楽しみです!!
- 第1688回NHK交響楽団定期公演 - 「ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 作品11」 ショパン作曲
(ピアノ)ユリアンナ・アヴデーエワ 「交響詩“うぐいすの歌”」 ストラヴィンスキー作曲
「交響詩“海”」 ドビュッシー作曲 (管弦楽)NHK交響楽団
(指揮)シャルル・デュトワ
~NHKホールから中継~
半日から1日ずれてはいるようだけれども、2つのブログのグリムスがほぼ同じに大人の樹になって今日、タイミングは同じではないけれども新しい芽が出ました。更新頻度は同じくらいの2つのブログ。同じ話題になっていることもあるけれども視点を変えて書いているとグリムスの成長は違うようですね。同じことでも不思議とブログが違うと語り口が変えたくなるものです。
週の頭にWordPressにログインした時に、アナウンスされていた 3.0.2 のアップデートが、夕方に確認したら日本語版がアップデートできるようになっていました。データベースのバックアップをとってからアップデートを実行して下さい、という事でしたが結論を先に言えばあっという間です。五秒もかからなかったので、何処がどう変わったのやら拍子抜けです。
データベースが壊れた時を考えて、クローン・ブログで実行。データベースのトラブルは無いようです。順次更新を進めます。
真空管アンプを使って録音から、レコード盤のカッティングまでしていた1960年代は完成度の高い録音は出来ても、製盤に課題があったりしました。レコード盤になるヴィニールの材質、その調合や練り方、プレスした時の圧着のムラや熱の加減。盤面へのカッティングにしてもレコード会社それぞれで考え方が違いました。
DECCAのレコードは重量で黒々としていてSP盤を思わせるほどでしたが、1970年近くになって安定したプレス盤が供給されるようになります。ポップスのレコードにも熱心でしたから、クラシック用に特別な材質を用意することが出来なかったのではないかしら。一方、グラモフォンは良い仕事をしていたと思います。1960年代のカラヤンの音楽がたくさんの愛好家に歓迎されたのは、ジャケットはぺらぺらでも盤面のきめの細かいレコードが気持ち良く音楽を楽しませたからではないでしょうか。ジャズなどには1960年代のプレスでも、針が途中で止まってしまうことや突然に隣のミゾに針が進んでしまうものがあります。
仕事前に目に入ったのでシャッターを切った、熊本城の夜景です。同じアングルで2枚撮影しましたけれども、どちらもこれといった面白さは感じられなかったのが残念。きちんとピントと露出を合わせないとだめですね。シャッターの瞬間路線バスが横切ったので不思議な感じに揺れているようでしたので面白いと感じたので、こちらを採用。
世代に関係なく話題にすぐ入れるのが嬉しいクラシック音楽。ロックはお気に入りのレコード、CDのジャケットを見せて貰っているだけで年代が把握できる感じがします。ジャズもそういったところが若干あるかな。マイルス・デイヴィスが好きだと話しがあったところで、好きなアルバムのタイトルをあげて貰うと世代で別れるものです。どのアルバムから聴くようになったと言うことなく、その人の実年齢が愛好するレコードに添っているのが感じられるもので、音楽は時代を反映しているものだなと思います。
さて、時代の音楽ではなくて歴史の古いにかかったクラシック音楽のレコードはそれほどではないもので、「ワルターのモーツァルトは」と言っただけでの素敵なところ、少し残念なところがおおむね意見が揃うと又面白いものです。でも世代間は出てくるもので、ワルターのモーツァルトには三つの顔があったんだと気がつくのです。ウィーン・フィル、コロンビア交響楽団、ニューヨーク・フィル、あなたのワルターのモーツァルトはどれですか?
推薦盤をやたらと指名しない勇気は大切だと思います。わたしも情が入るととにかく誉めることをしてしまうので、注意したいと近頃時々思うようになりました。でも淀川長治さんが語っていた、どんな映画にも見所がある。本筋ではないところにきらりと良いところがある。とおっしゃっていたことは長いこと、わたしの身体の奥にストンと着床しています。その卵を成長させるようにして、素敵な部分を見つけて評価するようにこれまで続けてきました。
ついでながら、淀川長治さんは日曜洋画劇場の解説部分だけを撮るだけで放送は観ないとおっしゃっても居ました。放送はスポンサーとの兼ね合いがあって表現が変更されたり、放送時間との都合でカットされています。だから、淀川長治さんが「ここは見逃さないで」といっていたところが実際はオン・エアされていなかったことも少なくないようです。
絹の階段(きざはし)は、絹のはしごという題名もあって紛らわしいですね。ロッシーニは76歳まで長生きして、しかも裕福な生涯を送った商才のある作曲家でした。元来の客扱いが巧みな人だったのでしょう。でも才は豊だったから、稼ぐために入団したオーケストラで吹いて沸いた作曲の仕事を最初にこなしたのが、若干18歳の時。二十歳の時の第2作「試金石」がロッシーニの将来を文字通り決定づけました。しかも上演してヒットした場所がよかった。かのスカラ座だもの。
どれだけの歌手や作曲家が、このスカラ座で自分の演奏や作品が称賛されることを夢見て頑張っていたことでしょう。それなのに、それなのに、ロッシーニ青年は「試金石」の大ヒットで兵役免除されたことを喜んでいます。もしかしたら、その必死な願いで才能を開花させたのかも知れません。それから書くオペラ、上演する度に大ヒット。20年間の間に38曲のオペラを総てヒットさせています。ところが、ところがよ。37歳の時に「ウィリアム・テル」を上演した後であっさりと料理人に転身しちゃった。やはり、直接お客の反応が一人一人感じられるレストランの方が良かったのかも知れませんね。
さて、短い期間にたくさんのオペラを作曲したから、似たような題名のオペラがあったって仕方がありませんね。
楽譜と演奏を前にして、まず問うべき事は音楽とは何かという事だ。音楽というものは生命であり、その大切なものは正確に演奏されたかどうかを問題にするものではない。フルトヴェングラーは楽譜を演奏していない。楽譜に書かれている音楽としての"価値"を演奏していたのだ。彼は・・・そうだ。
フルトヴェングラーの指揮姿は映像で見る機会が増えました。わたしが初めて動くフルトヴェングラーを見たのは、故志鳥栄八郎先生を招いて開催された映像上映会でした。フルトヴェングラーを中心にした音楽ドキュメンタリーのフィルムでしたが、正確なタイトルやその内容は良く憶えていません。ただ、フルトヴェングラーの指揮する姿は妖怪のようでした。長身で特に長い指揮棒で、肩の動き頭の動きが指揮棒が動いていると言うよりも、指揮棒の先が支点になっているマリオネットのようでした。
演奏しにくいだろうな、と思ったようにベルリン・フィルのメンバーよりもウィーン・フィルのメンバーが明け透けに、指揮棒を見ていると演奏しにくいから指揮姿は見ないで演奏をしたといったことは面白かった。要は指揮棒を見なくてもフルトヴェングラーは伝えたい、創り上げたい音楽を共感させることが出来るオーラを発していたのでしょうね。フルトヴェングラーとウィーン・フィルのワーグナーの序曲、前奏曲集はEMIからリリースされている録音が名盤でもあるけれども、ドイツ・プレスのELECTOROLA盤でも聴いてみると新たな発見があるはず。レコード技術が日進月歩の進化をしていたエネルギーをいっぱいに音盤が記憶しています。
中学校で習うクラシックとして、「これだけは知っておきたい」とされているヴィオッティですけれども大演奏家の録音が少ない。日本の学校音楽教育は特別だ。とは思われないのが、アイザック・スターンと言った大演奏家が録音しているのですから「モーツァルトは子供時代には自由に演奏できるのに、大人になるほどに思い通りの音楽に出来ない」といったことに似ているのかしら。
そして、さてバルトークは世界初録音だったもの。PHILIPSのグリュミオーも世界初録音が多いヴァイオリニストでした。誰が先に録音するのかアメリカとヨーロッパでの奪い合いは戦争中からの欧米の伝統(?)。軍事だけではなくて、文化活動もしているんだよ、といった宣伝でもあったようです。ナチス・ドイツとベルリン・フィルの関わりが良くそれを表していますね。ドイツは戦争に負けて、フルトヴェングラー、カラヤンの録音はその殆どが忘れられることなく今わたし達が楽しむことが出来ています。米COLUMBIAのビジネス戦争は、スターンの数多くの素敵な録音をレコードでしかまだ聴けないままにしてしまっているように思います。
堅苦しい書き出しはしたくないけれども、聴けば「あぁ」と誰もが分かるクラシック音楽の有名なフレーズがあちこちにこぼれているのに、クラシックの曲であることがそれほど知られていないようなのでちょっこし説明から・・・作曲したカール・オルフは20世紀のドイツ人作曲家です。亡くなったのが1982年3月29日で、まだ没後30年にもなりません。もちろん著作権は充分に生きています。
「カルミナ・ブラーナ」が作曲され初演されたのが1937年6月8日。大成功の初演のあとに第二次世界大戦が勃発したので色んな事が曖昧になってしまったのではないかしら。テレビのバラエティ番組やクイズ番組を観ていると毎週1度は「カルミナ・ブラーナ」のワンフレーズが出てきますね。でも何故、わたし達と同時代のクラシック音楽=現代音楽という感じがしないのだろう。演奏会でも現代音楽が好きなクラシック通が集う感じでもありませんね。猥雑で面白い。
戦後レコードがSPからLPになると「カルミナ・ブラーナ」の名盤が早速登場。それがオイゲン・ヨッフムのステレオ録音盤です。大編成の声楽と管弦楽、特に打楽器の扱いは尋常ではありません。でも、この録音は優秀。ともかく優秀。どんなに優秀と誉めても何処か課題があったりするのですけれども、初めてこのレコードをオリジナル盤で聞いた時の感想は「レコードで聞いている感じがしなかった」です。
今日的な音楽感からはあまりにもロマンティックすぎる"G線上のアリア"で、バッハの音楽ではないと最近の音楽評には書かれることもあるかも知れません。でも、"G線上のアリア"を聴きたいなぁと漠然と欲した時に飢えを潤わせてくれるのは、ロマンティックすぎるといわれる"G線上のアリア"が理想ではないでしょうか。
カール・シューリヒトといえば、マーラーやブルックナーな人ですがモーツァルトやブラームスは輪をかけて素敵です。録音はピカイチとは言えないけれども、モーツァルトの放送録音を聴いたのがわたしのシューリヒト初体験でした。初めて聴いたという時ではなくて、多くの評論家が素敵だと誉めるシューリヒトを胸の中にしっかりと抱くことが出来た時でした。指揮者に対して一時代前の音楽とか、現代的視野のあった指揮者だったとは言う事がありますが、カール・シューリヒトは未来を見据えていた音楽家ではないかしら。がっちりとファン層を掴んでいる音楽家といった印象ではないけれども、クラシック音楽好きがそれぞれの好きなシューリヒトの録音を大切に持っているようです。その1枚、1枚が丁寧に次の世代に受け継がれていくことがクラシック音楽の宝物だと考えています。
年末の準備もあるためでしょうか、新しい入荷が3日遅れて心配しました。が、通販のための試聴は順調です。今週末に9枚をご案内します。前回はヴァイオリンやチェロといった弦楽器の名盤が揃いましたが、今回は交響曲、管弦楽曲をご紹介できます。曲もこれからの季節に楽しめる内容ではないでしょうか。
盤の状態などの詳細は、今週末のサイト更新でご覧下さい。尚、先攻でのご注文は可能です。盤のコンディション、価格については、まずはお問い合わせ下さい。ショップサイトは、 http://amadeusclassics.otemo-yan.net/ です。
特異日だとは思わないけれども、随分とたくさんのブログ、サイトのグリムスが大人の樹に成長しているようでした。しかし、様々なデザインに成長するものですね。12月から新たなスタートを始めることになるお仲間という親近感を感じましたので、スクラップしておきたいと思います。
ありがとうございます。売約済にしていた、このレコードは昨日(2010年11月26日、金曜日)発送済み、日曜日以降に到着で手続きいたしました。
仕事を始める時、最初に何をしますか? 朝起きて、わたしが最初にする事はメールの確認です。これは仕事を始める時も同じ。メールが日常のはじまりを決めているようで、取り立てて急ぎの用件がメールボックスになかった時はゆっくりとコーヒーを煎れたりして、それから前日の作業の続きに取り組んでいたりします。それまでと言えば、明日はこれこれからしようとか、仕事場に着く前に一日の段取りを頭の中でスケジュール立てたりしていました。
メールで届けられる色々な種類の情報で、行動が管理されているんじゃないかと思える事があります。だからとて、メールを開かないわけには生きません。音楽家も同じではないでしょうか。一時代前までは天才という表現が良く見聞きしました。ただ達者な演奏が出来るというのではなくて、若年の知識、技術力の中でめいっぱい何かを表現として訴えてくるものがありました。これが音楽として魅了するのではないでしょうか。
情報として知らなかった、或いは、取り立てて知る必要のない音楽コンクールで「一等」になったと伝えられる演奏家の名前。それにたくさんの称賛の文句が続いている。一体評価してコメントを寄せている名の有る人たちがどのくらいその演奏家の成長を実際に把握してきていたのでしょう。言葉の弾みとして「天才」とは言うけれども、二十代になってからのピアニストがそういわれて喜んでいて良いのでしょうか。「情報」とは怖いものです。
仕事を始める時、最初に何をしますか? 朝起きて、わたしが最初にする事はメールの確認です。これは仕事を始める時も同じ。メールが日常のはじまりを決めているようで、取り立てて急ぎの用件がメールボックスになかった時はゆっくりとコーヒーを煎れたりして、それから前日の作業の続きに取り組んでいたりします。それまでと言えば、明日はこれこれからしようとか、仕事場に着く前に一日の段取りを頭の中でスケジュール立てたりしていました。
メールで届けられる色々な種類の情報で、行動が管理されているんじゃないかと思える事があります。だからとて、メールを開かないわけには生きません。音楽家も同じではないでしょうか。一時代前までは天才という表現が良く見聞きしました。ただ達者な演奏が出来るというのではなくて、若年の知識、技術力の中でめいっぱい何かを表現として訴えてくるものがありました。これが音楽として魅了するのではないでしょうか。
情報として知らなかった、或いは、取り立てて知る必要のない音楽コンクールで「一等」になったと伝えられる演奏家の名前。それにたくさんの称賛の文句が続いている。一体評価してコメントを寄せている名の有る人たちがどのくらいその演奏家の成長を実際に把握してきていたのでしょう。言葉の弾みとして「天才」とは言うけれども、二十代になってからのピアニストがそういわれて喜んでいて良いのでしょうか。「情報」とは怖いものです。
大作曲家と言われているのに、歌劇が3作品と数曲の宗教曲、そして世俗歌曲が主に残っているだけという作曲家がいます。それは、クラウディオ・モンテヴェルディ。この名前だけでも覚えておいて欲しい作曲家です。クラシック音楽は1600年以降の音楽に対して一般的には使用します。これ以前の西洋音楽はルネッサンス音楽と称していて、楽器はどちらかと言うと歌を彩る程度の演奏法でした。音楽は歌にはじまったと言う事ですね。
そして歌物語が発達したのがバロック音楽時代の歌劇。総合演劇という趣で、雑多な様式の舞台作品でしたがモンテヴェルディは、それまで単線律の伴奏で装っていた音楽に「ヴァイオリンの合奏」を取り入れました。演奏法もトレモロ奏法で劇を効果的に演出。これが当時勢力を強化し始めた諸侯が自慢し合うためにオーケストラを抱えるようになって、それにあわせた音楽を書くようになっていって現在の大オーケストラがゴージャスな演奏で聴かせるオペラとなりました。
クラシック音楽史で最初の芸術作品と言われているのが、モンテヴェルディの歌劇「オルフェオ」。1607年の初演でした。この時にクラシック音楽は今のスタイルになりました。歌劇「ウリッセの帰還」はそれから34年後の作曲で、モンテヴェルディの音楽の総決算的大作です。ドラマの筋立てが動向と思うことなく、音楽だけをバックグラウンドに聴いているだけでも良い音楽で最高の環境音楽にも活用できます。アンビエント効果抜群。きっと、お肌のエージングにも反映すると思いますよ。(写真はモンテヴェルディのヴァイオリン)
昨今では話題を聞く事のないイージー・リスニング音楽。ムードミュージック、BGMと称していたのが最早20年は昔。現在では「インストゥルメンタル」というジャンルになっていて、イージー・リスニングはもっと広い幅を持っているようですね。ジェームス・ラストは、ポール・モーリア以上に音楽ムーヴメントの動向に敏感な音楽家だったと、今更ながらに驚いています。この「Beach Party 3」は全12曲がコーラスを伴っています。リリースは1972年ですが、日本では紹介されたのか疑問です。日本発売があったとしても、喜ばれなかったレコードになったのではないかと思います。
ウッドストック世代、或いは、フラワームーヴメントのロックが好きなリスナーには喜んで貰える内容です。例えば4曲目の「Wimoweh」は、ロックの名曲「ライオンは寝ている」の原曲(?)です。本当は原曲ではないけど、ベースになったメロディーで言うなれば、バッハのピアノ曲にメロディーを着けた「グノーのアヴェ・マリア」のようなものです。
ジェームス・ラストの録音が、今年の後半は色々と聴いた事がなかったリリースを楽しむ機会が増えています。思いがけない新鮮な感動を聴く事が出来て、改めて優秀な音楽家だったと実感。当時はどたばたとした印象で、フランク・プールセル派だったわたしにとっては、その楽しさに気がつけないでいたようです。
録音は当時の標準。決して良い音質ではないですが、音楽は再録音したらいいと思えるほど古びた印象はありません。アーティスティックは★★★★をつけたいところですが、音質の不満もあって評価は★★。
初出は2001年、OPUS111レーベル(現在は naïve レーベルに吸収されています)からのリリースでした。今回ミドルプライスでの再発売(2010年6月29日リリース)が叶いました。録音は優秀、お行儀の良いクラシック音楽ではなくて「ナポリの祭」というタイトル道理の楽しい内容です。専門的視点から見ると雑多で纏まり無いかも知れないけど面白いです。アナログレコードの時代にエラートなどの手作り工房っぽいレーベルがリリースしていた時のように、専門的な事はそれほど追求せずに、それでいて味気ないサンプラーとも違っていたレコードを思い出させます。一言で言えば"楽しいレコード"で、クリスマスに聴くのには最適です。わたしの評価は★★★
わたしのお気に入りレーベル、naïve コレクションの1枚です。気がつかないうちに持ち出されていたりと、CDはいつの間にか散逸してしまっているので、コレクションとは言いにくいのですが、naïve はデザインも秀麗なので見あたらないと買い直してコレクションを維持しています。録音も良いので、旬が過ぎたかなあと思う事がありません。
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